見怪しいですね。
今回はこのような感じで、取材してきました。
福島県須賀川市にある翠ヶ丘公園にある神社仏閣巡りを行ってきました。
南舘のつぎは三千代姫堂です。

ここ、翠ヶ丘公園の五老山では松明あかしという火のお祭りが11月におこなわれます。
私は松明あかしは毎年楽しみにしてまして、子供の頃からなじみのある場所なのですがこちらの御堂にはあまり立ち寄ってませんでした。
お姫様の御堂だからなのか可愛らしく見えます。



三千代姫堂の由来
須賀川城主二階堂家は鎌倉幕府の重臣として鎌倉にあり、室町次代の文安元年二階堂遠江守為氏公は須賀川に下向したが城代の治部大輔は入城を妨害した。そのため家臣の取り計らいで両家和合のため治部の娘三千代姫は為氏公に嫁いだが、須賀川城をめぐる夫と父方の争いに進退きわまり
人問わば岩間の下の涙橋 流さでいとま暮谷沢とは
の辞世の歌を詠み、武家の女性ゆえ僅か十五歳を一期として自刃し、乳母や付侍も主君に殉じた。
こうした武家時代の貞節は世々伝えられ、昭和三十年には須賀川史談会竹内憲治氏の発願により暮谷澤乃碑が建立され、これに感動した彫刻家佐藤国義氏が姫像を完成し、張堂徳俊和尚の開眼により須賀川市に寄贈された。昭和六十三年には本会が発起し善意の人々のご協賛により、涙橋を臨む松明あかしの聖地五老山に穏堂を建立し、同時に姫像を譲与されて落慶した。
今や自愛深き御霊となり、人々の幸せを守護されんことを
昭和六十三年六月 三千代姫を偲ぶ会
と碑には書かれております。

黙祷いたしました。